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D13 微妙


今日は卵胞チェックの日



すっかり忘れてて家を出る前に、尿を絞り出した
何を考えていたのか・・・本当に絞りだすように出して家を出た。


そして・・・尿検査


受付のお姉さんに

もう少し後でもいいですよ


と言われてしまった






あれから久しぶりの卵胞さんとのご対面。



まず内膜


10.6



まだ排卵までちょっとあるので順調かなぁ



いつもでっかいのが出来る左



・・・




測定不能なsmall




そしていつも出来ない右


・・・



17.0(~19.0)




何?

その微妙な()は





本当に微妙な卵胞ちゃんたちで、いまいちはっきり分からない。
しかも先生も

なんだ?この白いのは???

と悩ませる線があった。




結局先生が色んな角度からみて、卵巣内のものではなくて外のものだとわかったけど
色んな角度から見ると卵胞ちゃん大きさが違うので()の数字が出てきたと言うわけです。

この線が気になるけども・・・もしかしたら便秘の分かなぁ??
月曜日に消えてれば問題ないかなぁ


今日の内診ではいまいちはっきりしなかったので、また月曜日に受診となりました。






内膜も卵胞もちゃんと育ってね~~~




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私がブログを休止した理由3

私の通った小学校には特別学級がありました。
同じクラスにそのクラスで勉強をする同級生が在籍してたので、
学校行事では必ずそのクラスの子供達と同じでした。


ん~~なんて書いたらいいのか

幼い頃から当たり前のようにその子達は周りにいたので
特別に何かしらの感情と言うのは無かったと思います。




彼らがどんな障害を持ってるからそのクラスにいるのかなんて
分からないのは普通に会話ができたからだと思います。


小学6年になると、休み時間の度にそのクラスに行って遊んでた気がします。


その時、2学年下の男の子がよく私のところに来てくれました。
休み時間が終わる前に教室に戻ろうとしてもなかなか離してくれず、
毎回逃げるように走って戻ってた気がします。
そして追いかけられる、彼の後ろから担任の先生が追いかける(笑)
それが昼休み後に繰り広げられる風景でした。

そして卒業式の日。。。



帰宅後その彼がお母さんと我が家に来ました。

卒業おめでとうございます。

と、赤いバラの花一輪もって。


産まれて初めて花をもらいました。
たまたま、彼のお兄さんが同級生だったので自宅はわかったそうです。




あの時の彼の顔とバラの花は一生忘れれない思い出となりました。




それからの人生もわりかし障害を持った方との接点が多かったのです。
だからいろんな話を聞く機会も多かった。
そして家族の色んな思いを聞いたし、知ったから、覚悟も自然とできた。



ある日突然の発熱から視力を失った少年、
定年してこれから第二の人生を楽しもうと誓った夫婦に襲った病気、
事故に遭って体の不自由が効かなくなった青年。


いつ突然家族が障害者になるか分からない。


だったら初めからいても同じじゃない?
そう思えるのは私のいた環境のせいかもしれません。




なのでこの年で体外を始める時にリスクがあろうがなかろうが
私の中では障害について何も影響はしなかった。


どちらかと言えば、流産率が高くなると言うのだけが心配だった。

まぁ結果流産をしてしまったのだけども・・・












色々話しあって決めたからこそ、いまでも頑張れる。
書かなかったけども、ちゃんと話し合った結果なのに、
なぜあんなコメントを書くんだろうか?

ってかきっとみんなそんな話し合いをしてから決めてる人が多いのでは?



まぁコメント欄を開放してるのだからガタガタ言っても仕方ないけど。
大体、否定するなら見なきゃいいのにね。




ブログを書く理由としては、こんな事があったよ、こんな風やけどどうなんやろう?
それを交流する場所やと思います。
私の稽留流産の事だってそうです。

辛いことやから自然流産の事を書いてるブログが少なかった。
先生が手術をすすめる事が多いみたいなのでそれで少ないのかも知れませんが。

きっとどんな感じになるのか気になって検索魔になるのは当たり前です。
だからこそ私の場合はこんな感じだったよと知って欲しかった。




私が再度ここで書こうと思ったのは、やっぱりそれが一番の理由でした。

経験してる人と情報交換をしたい。
1つでも色んな症例があれば励みにもなる。


特別コメントとかで交流しなくても読んでもらえれば、読ませてもらえればそれでいい。
そういう思いで書いてます。





読んでもらってありがとうございました。




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私がブログを休止した理由2

これから私は障害者の方の話を書きます。
うまく自分が思ってる言葉で書けるか分かりません。
それぞれいろんな思いを持つかもしれません。
悪い方に受け取って欲しくありません。
それを始めに理解して下さい。













私の知り合いに数人のお子さんを持つ方がいらっしゃいます。
最後に生まれてきた彼が障害を持っています。
他のお子さんは健常者です。


排泄、食事、何もかも彼女がしています。
どう表現していいのか分かりませんが、彼は好きな音や人ぐらいしか
認識できてないと思うのですが。。。



彼女は

同じ子どもやけど、やっぱり手がかかる分だけかわいいんよ。

3歳までしか生きれないと思います

そう告知されてからはや数十年。彼はアラフォーになりました。



これまで言葉に出来ない程苦労したといいます。
あっちの病院がいいと言えばそこへ、こっちの病院がいいと言えばこっちへ、
そうやって近県の病院は通いまくったそうです。
兄弟は年が近いので、幼い兄弟達の手を引き電車を乗り継いで行ってたそうです。



不謹慎やけどな、私が生きてるうちにこの子には死んでほしいと思う。
なんでって?先に死んでしもうたら心配で死んでも死にきれんわ
それに兄弟が大変やろ、施設って言ったって、受け入れてくれる所があればええけど、
それもやっぱり難しい事もあるんよ。
この子は1日何回も発作を起こすしな。

学校で同じクラスの人のお兄さんは今年定年らしいねんけど、
その人はやっぱり障害者の兄弟がおる家族の長男って事から結婚できへんかってんて。
そんな風にしたくは無いしな




障害を持って産まれてくる方にはいろんなかたがいます。
彼のように話すことも何も出来ない人、ある一部だけ悪い人などなど



この子はな痛いことも感情を伝えることも出来んけどな、
同じクラスの子はな頭が賢い子もおるんよ。
でもな、やっぱり親子喧嘩とかしたらな
「なんでこんな体にしたん?なんで産んだん?」って言われるお母さんもおるんやわ。

そう言われるとやっぱり辛いで~

あの頃は生まれるまで分からんかったしな。
分かったところで堕ろすなんて事は私は出来んかった
けど、分かってたらどうしたかなぁ




他の兄弟は理子さんの記事を見て


それは親のエゴやで

そう一言 言いました。




その言葉の中にはどれだけ家族が大変だったかと言う思いと
家族は彼を愛した、彼を大切にした、いろんな思いが詰まった言葉やと思いました。




昨日のNHKの番組を見ながら思いました。



出生前診断なんてしないほうがいいのかなぁ。




障害を持って産まれてくるのがわかってる生命
障害があるからと言ってその生命を殺してもいいのだろうか?
でも育てるのは生半可な気持ちでは出来ない。



それに私は不妊治療をしてまでも子供を持ちたいと思い辛い治療を頑張ってる。
やっと授かった、やっと来てくれた生命に「障害があります」って言われたら
あなたならどうしますか?



続く




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私がブログを休止した理由1

治療を休んで、そろそろ再開しようかなって思った3年前に、
ブログのタイトルをちょっとだけ変えました。


~35歳からの再挑戦~


ってね。

でも結局、本格的に再開したのは37歳になった2年後からです。


自分でも予期してなくて、急にIVFを始める事になってタイトルそのままで
ブログを書きました。


その時にコメントをもらったのです。





35歳からって、もう少し早く気づけばよかったのに。
ダウン症とかね




そんな感じだったでしょうか。
きっとブログを見てない方だと思います。


なぜなら、書いたブログの中にすでに37歳になった事も書いてたのに、
35歳からって と書かれてるのだから、
きっとタイトルの「35歳」と「体外」の文字だけでコメントされたのでしょう。


私は初め、ちゃんとコメント返ししました。
けどランキングに登録してる以上、同じように体外をしてる35歳以上の方も
見られます。
その方達が私のブログへのコメントを見て心を痛めるのが苦痛だったのです。
だから削除をさせてもらいまし。

そして注意書きも付け足しました。



そんなリスクがあることぐらい覚悟の上での治療再開です。

自然妊娠出来る人と違って採卵するところから始まります。
本当にいいのだろうか?そんな事なんてとっくにわかってる、
特に我が家は、、、私は皆さんと違った覚悟ももって体外に進みました。


私にはこの方のコメントに悪意を感じだしました。
そして怒りに変わってきた。

何も知らないくせに!
何に気づくの?いろんなリスクがあるって知らないとでも思ってるの?!




こんな気持じゃブログをかけない。

そうしてだんだん遠ざかったのです。









続く







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新しい周期の始まり(D2)

稽留流産については同日の前の記事に書きましたので読みたい方のみでお願いします。



さて、昨晩自然流産したので今日は超音波で確認です。

見たところちゃんと出てきたようで完全流産となりました。


まだ見えないくらいのモロモロがこれから少しづつ押し出され、
それが完全に出ると出血もとまるし、排卵もおきてくる。1ヶ月ぐらいで生理がくると思うよ。


とのことでした。




そして完全流産した昨日を D1 とするようにとのことでした。






今回、私は時系列で書いていた方のブログを参考にして心構えをしました。
その方のブログですごくきになることが書いてあったのです。


その方が先生に言われたのは

掻爬手術後は最低2周期あけること、3周期あけるのが望ましい
自然流産は次周期から妊娠が可能




えっ?自然流産ってすぐ可能なの?って不思議に思ってました。



が、が、、



私も今週期は休ませてから、次周期から戻すことを考えようって事を言われました。



あまりの驚きに、自宅最寄り駅について降りてからやっと落ち着いた驚きができました(笑)
年内無理かもしれないとも思ってたから…


次回の診察が生理中なのでもしかしたらまた1周期あけてと言われて、
結局2周期あける形になるかもしれないとも限りませんが、
もしかしたら次周期にまたお迎えが出来る可能性もある事が分かりました。


先生が 卵があるから中をゴチャゴチャ触りたくない と言った理由はこれでしょうかね?








心にぽっかり穴が開いた感じはしますが、
すでに次のお迎えに向けて時間が進み始めてます。


今度はもっとたまちゃんが居てくれるように体と心を休めて行きたいと思います。

今週期はこれで何もありません。
果たして排卵はちゃんとしてくれるのかは問題ですが・・・




と言うことで何も書くことがありませんので、次周期までの間に
以前私がここで治療の話を一時期ストップした理由について書こうと思います。






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我が家

さいこ

Author:さいこ
夫:夫クン(44歳・管理職)
妻:さいこ(41歳)
子:長男(2歳)
  次男(0歳)

2006年9月
ストレスで生理が止まり、
婦人科へ
一緒に治療開始
クロミッド&ルトラールで
タイミング開始

2008年5月
AIHスタート
1回目・・・撃沈
2回目・・・撃沈
3回目①・・・中止(夫都合)
3回目②・・・中止(夫都合)

【 体外受精 】
3年間のお休みを経て
体外へ挑戦

1回目…陰性
(採卵は10個採れ7個受精)
2回目…化学流産
3回目…稽留流産
4回目…7/11 男児出産
5回目…5/20 男児出産

結婚記念日&私の誕生日

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